永遠の約束
輝明学園化学室。部活動中なのか顧問と部員の7人が集まっている。
実験をしているのは顧問だけで部員はおしゃべりで暇を潰している。
一人の部員が顧問に近づき話し掛ける。
「アリスせんせっ!」
話し掛けたのは央威るなという名前の少女。
「何? るなちゃん」
アリスは実験の手を止め、視線を上げる。
「アリス先生って長く生きているんでしょ?」
「そうだけど。年齢は教えないわよ」
アリスは薄く笑い答える。
「うん、聞かない。そのかわりに先生の昔のことを教えてほしいなぁって思ってるんだけど」
「私の昔のこと? 特に面白い話はないわよ」
「えー? そうかな?」
「私も興味あるな」
もう一人、部員が近づく。クリスという名の少女。
「『血しぶきに舞う狂気』と呼ばれ恐れられたあなたがどうしてここまで丸くなったのか」
「……なつかしい名前ね、本当になつかしい」
ここまでの会話で興味をひかれたのか他の部員もアリスを見ている。
その視線を受けてアリスは一つため息を漏らす。
「しょうがないわね。少し話してあげるわ。今から約300年前の頃の事を……。」
科学が発達を始めるころ、魔術という概念がまだ残っていた時代。
ヨーロッパを騒がした一人の吸血鬼がいた。
その名をアリス・カーミラ。裏の世界の住民だけでなく、一般人にまで名の知られた恐怖の権化。
夜闇に映える長い銀髪を持ち容姿は美しく万人を魅了する。
しかし噂は語る「その瞳を見た者はその狂気に縛られ心を壊される」と。
この者に近づく者などなく、居城にひとりで住んでいた。
そんな客の来ないと思われた城にひとりの人間が訪れた。
神官衣に身を包んだ少女といってもいい女性だった。
屈強な男でも怖がって近づかないような場所にたった一人で訪れたのだ。
「ようこそ、招かざる客人よ。命が惜しくばここから早々に立ち去るがいい」
アリスは不機嫌に少女を睨みつける。少女は多くの人が恐れる瞳に睨まれるも気にせず、逆に覗き込み感想を漏らす。
「綺麗な目ですね」
そのたった一言で少女はアリスの警戒を解いた。アリスにとってその言葉は今まで受けたことのない言葉だった。
そしてアリスはその少女に興味を持つ。今まで人との関わりを拒絶してきたアリスに失った感情がもどってきた瞬間だった。
「ここではきちんとした対応もとれぬ。奥の応接室にいくか……えっと」
「あっ! 私はブリュム。ブリュミューズ・テイナー」
「私は……語るまでもないな。こっちだ、ブリュミューズ・テイナー」
「ブリュムでいいですよ。皆そう呼んでますから」
「わかった」
アリスは無言でブリュミューズはとりとめのないことを口にしながら歩いていく。少し歩きある部屋の前で止まる。
「この中で待っていろ、お茶ぐらい用意してやろう」
「ああ! そんな気を使ってもらわなくても」
ブリュミューズがこのセリフを言い終わらないうちにアリスは去っていた。
それから約10分後、机の上にお茶を置き二人は向かい合って座っていた。
「それで用は何だ? 何か目的があってここに来たのだろう?」
そのアリスの言葉にブリュミューズは困った顔になる。
「ええとあったのはあったんですけど……もう無くなった、といっていいのかな?」
「どういうことだ? 説明してもらわないと意味がわからぬが」
ブリュミューズしばらく悩んでから恐る恐る切り出す。
「えっとぉ、怒らないで聞いてくださいね?」
「怒りはせぬ」
「私はこのかっこを見てわかるように神官なんです。ある日、私は司教様から命をうけました。
その内容は噂の邪悪な吸血鬼を退治してこい、というものでした。
司教様がなぜそんなことを私に命じたのかはよくわかりません。
だけどその吸血鬼が人に危害を及ぼすものであるなら、それを退治するのは私達聖職者の役割と考えた私はそれを受けました」
ブリュミューズの話をアリスは冷えた心で聞いていた。
それは先ほど戻りかけた感情がまた無くなろうとしてる瞬間だった。
しかし無くなったりはしなかった。ブリュムの話の続きはアリスの予想を裏切るものだったのだから。
「噂とは当てになりませんね。実際に会ってみると噂とはまったく別人じゃないですか。緊張して損しました」
ブリュミューズはあっけらかんと言い切る。そんなブリュミューズをアリスは信じられないものを見るように見、反論する。
「噂は正しい。少し誇張はされているが、全て真実だ。『血しぶきに舞う狂気』は伊達ではない」
「えー? 嘘ですよ。そんなふうには見えないです」
噂とブリュミューズのどちらが正しいのか? と聞かれたらどちらも正しいと答えるしかないだろう。
噂は真実を含みながらも捻じ曲がっていく。そして鵜呑みにした人々によって広まっていくのだ。
大衆が信じた事物のほうが本物になることなど珍しくもない。
一方、ブリュミューズは自ら出向き実物を目にし本質を見抜いた。(まあこんなことをできる人物はそうはいないが)
「ふむ……それならばお前に私はどう見える? この心を壊すと言われる瞳は?」
「私には……綺麗な純粋な瞳に見えます。まっすぐすぎるくらい。だからこそ歪みやすいんですね」
「………」
アリスは表面上は静かに聞いている。その心の中はどのような様なのか想像はできない。ブリュミューズはさらに続ける。
「今までいろんなものを見てきたんでしょう? それも真実ばかり。
真実っていうのは必ずしも救いにはならないから。まっすぐ見つめることしかできなかったみたいですね。
たまには目をそらしたり、瞑ったりしてもよかったのに。どーして見続けたんですか?」
ブリュミューズのその問いにアリスはふっと笑う。
「見続けたくて見てたのではない。ただ逸らし方を知らなかっただけ」
「そして目をそらす代わりに人を傷つけ狂気を装い遠ざけたんですね。もう何も見たくはなかったから」
「っ!? そこまでわかるとはな。お前も私と似たようなものなのか?」
ブリュミューズの言葉に驚き苦々しく言い返す。
「そうですね。似てますね」
ブリュミューズはあっさりと認める。そして続ける。
「でも、私は目の閉じ方がわかってますから。それに支えてくれた人もいました。
そういった面でアリスさんより私は幸せなんでしょうね」
「そうだな。私にそのような者はいない。今までもこれからも……」
「………」
アリスの言葉を聞き、ブリュミューズは無言で考える。しばらくふたりの間に静寂な時が流れる。
「わかりました! いったん私は帰りますね」
「? 何がわかったのかわからぬが、帰るのならばとめはしない。お前の事、わりと気にいったから傷つけたくはない」
「私の事を気にいってくれたんですか! それなら問題ないですね! いったん家に帰って引っ越す準備してきます」
「は? 何を言っている?」
ブリュミューズの突然の発言にアリスは端正な顔に似合わない間の抜けた表情になる。
「アリスさんがさっき言ってたんですよ? 『私には支えてくれる人はいない』って、だから私が側にいることに決めました」
ブリュミューズはそう言うだけ言って立ち上がり部屋を出て行く。
「お前は私を退治しにきたのだろう! 何故、そんな結論が出るのだ」
アリスの反論なんか聞きもせずブリュミューズはやる気になって城を出て行った。
「少しは話を聞け」
いなくなった相手に文句をぶつける。しかしその表情は怒りなどではなく、
これからの生活を思い楽しみに彩られていた。それとも理解してくれる相手が現れたことに喜びを感じているのか。
どちらにせよそこには『血しぶきに舞う狂気』と呼ばれた吸血鬼はいなかった。
「こういった理由でその吸血鬼は心を取り戻していったのでした」
アリスは語り終える。話を聞いていた観客は長い月日を重ねた者の歴史を静かに聞き入っていた。
「どう? 特に面白くもないでしょ」
「そんなことないよ! 人に歴史有りってこういうことなんだなぁって思ったもの」
「それは誉めてるのか?」
「どうなんだろ?」
るなの感想におもわずつっこむ翼虎と守。クリスはまだ納得していない様子でアリスを見る。
「それだけのやりとりで、その人物に懐柔されたのか? あの噂の吸血鬼が」
「もちろんそれだけじゃないけどね。だけどね、出会いや語り合いなどで
人の生き方を変化させる人物ってのはいるでしょう、その人だけのね。
私にとってブリュムがそうだったのよ。あなたには真一がそうなように」
アリスはちょっとからかいぎみにクリスと真一を見る。真一は真っ赤になって照れている。
「でも先生。そんな相手がいながら今は霞先生を大事にしてるでしょ。何でですか?」
真っ赤になったまま真一が尋ねる。
「それはね……」
「それは?」
アリスの呟きを聞き逃さず、るなが反応する。
「これから先は秘密。どうしても聞きたいなら、今作っている新薬の実験台になってもらおうかしら」
その言葉に部員全員が反応し化学室を慌てて出て行く。
誰もいなくなった部屋でアリスは思いにふける。あの時代の生活の終わり思い出す。
その胸中を察することができるのは長い時を共に過ごした聖剣だけだろう。
繋がりの聖剣
一時の別離
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